2026.08.31理事長メッセージ
理事長からのなずなメッセージ#249 建学の精神の原点に学ぶ
2026.9.1
市川学園理事長・学園長 古賀正一
8月13日に千葉県を襲った記録的豪雨の被害は甚大であり、被害に遭われた方には心からお見舞いを申し上げます。幸いにも、中学・高校、幼稚園・保育園の施設に被害はなく、また保護者、教職員・関係者のご家庭にもほとんど被害がなく安心しました。ただ当日夜は、関係施設の中に道路の冠水で自動車も通れず、床上浸水を心配しましたが、翌日は水が引け安心しました。
また、クラブ活動の合宿が県内で行われていましたが、交通機関の不通のため延泊し、その後、保護者の車に分乗するなどして、無事帰宅しました。
創立90周年まで、いよいよ残り8ヶ月となりました。祝賀事業の実行委員会は、学校法人・同窓会・後援会で構成され、その準備も順調に進んでおります。90周年の募金につきましては、多くの方からご支援を賜り、心より感謝しています。今後とも宜しくお願いします。その浄財を活用した記念事業の概要は、同窓会報『なずな』27号(25-12-15)、なずなネット、本校HPに記載しています。記念事業は、教育施設整備、研究・出版、記念行事の三つに分かれます。
さて、建学の精神はそれぞれの私学のバックボーンであり、創立者の人生と教育理念が色濃く表現されています。
創立者・古賀米吉は福岡県の炭鉱町(現在の小郡市力武)の出身で、早く父を亡くし、貧しい家庭に育ちながら地域の支援を得て、県立嘉穂中学校を卒業、福岡市で小学校の教師を振り出しに、上京し、東京外語本科英語部、東京帝国大学文学部社会学科で学びつつ、小学校、鉄道局教習所、東京府立第四中学校(現在の都立戸山高校)、塾の教師等を歴任しました。昭和6年6月に日本交通学会の常務理事として約2年の海外調査・研究の機会を得ます。まず米国西海岸からワシントンまでの旅の後、11月に英国に渡り、下宿に滞在しながら、ロンドン大学及び付属図書館などを中心に学びました。一方訪問したパブリックスクール(私立男子全寮制)のイートン校などにおいて、自由と規律、自主的に学ぶ力、図書館の重要性に触れ、「第三教育」の発想が生まれたものと思います。また帰国の途上、フランス、ドイツ、オーストリア等を回り、さらにインド、ビルマに立ち寄ります。インドの詩人タゴール(ノーべル文学賞受賞)が創設した学校(平和学堂)で、緑陰の下、少人数グループで教師と男女の生徒が対話的に学習する姿に感銘し、「貧富によらず人間はかけがえがないという人間観」にもつながったと思います。昭和8年2月帰国、1年8ヶ月の海外出張を終えます。(出張中に母の逝去という悲報もありました。)
学園創立後の苦しい戦中にあっても、勤労青年のための八幡中、市川中学夜間部などを創設し、船橋女学校の経営を引き受けるなど、「どんな人間もかけがえがなくすばらしい価値を持つという人間観」のもと生徒を育成してきました。
建学の精神の3本柱(独自無双の人間観、一人一人をよく見るなずな教育、自ら学ぶ第三教育)は、個別的には多くの場所で語られ、多くの機会に書かれてきましたが、これまで三つをまとめて示したものはありませんでした。昭和47年~48年の約1年間、病に伏し、生徒の前に出られず苦しむ中で、これまで語ってきたことを病の床で寝ながら、仰向けで書いたものが黄表紙の『仰臥漫筆』としてまとめられ、建学の精神の集約された原典として、生徒に配布されました。
冒頭に、「ながわずらいのあと、頭がもとにもどると、生徒との縁の切れていることが、いちばんわびしく気にかかる。」(中略)「書こう、書いて生徒諸君に読んでもらおう。そして1年の空白を取りもどそう。あおむきになったままでも、なんとか書けるだろう。書くといっても珍しい材料があるわけでもない。これまで幾度も言いふるしたことを書き集めるだけのことである。不備不完は筆者万々承知のうえ、あつかましい話だが生徒諸君に読んでもらおう。」この中に、創立以来、語ってきたことが凝縮して書かれており、まさに建学の精神の原典であります。
なお『仰臥漫筆』は、正岡子規が病床で書いた『仰臥漫録』を模して名づけるなど、洒脱な人柄をうかがわせます。今はグレーの表紙の『楽しい学園生活・・日々新たなり』と改題し、建学の精神の集約された原典として全生徒に配布しています。
参考文献
『仰臥漫筆』(または『楽しい学園生活』)古賀米吉著
『古賀米吉伝』稲田伊之助編著
『七十年のあゆみ』市川学園編
『私学教育に明け暮れる・・・第三教育への道』古賀米吉著

